『赦し、そして感謝』

                                                (50周年記念誌より)


                                                                    教会員  山根 倫子

私は、2010年6月、“花の日礼拝”の時に、東大宮教会から転会をいたしました。日野原記念上尾栄光教会には、
まだわずか2年半しか在籍しておりません。しかし、わずか2年半の時ですが、栄光教会は私にとってかけがえのない場所(教会)となりました。いつでも神様の生きたお話が伺え、教会の皆様の温かい交わり、近くに教会があるという
だけで力となってくれます。そんな観点から、日頃の私の思いを語らせていただきます。

私は昭和18年11月に東京で生まれました。両親は私の首の座るのを待って祖母の遠縁をたよって仙台に疎開、
そこで4歳まで過ごしました。その後東京での生活が続きます。当時は今と違い長閑な東京でしたが、4歳まで育った緑深い土地、美しい海のある仙台が、私の幼い心に根付いて離れませんでした。しかしその地も 3.11の震災によりたくさんの方々が亡くなり、今、東北という言葉を聞くだけで心が痛みます。

神様の存在を知ったのは、女子聖学院の付属幼稚園でのことでした。当時は、戦後再開して1年保育でしたが、私はその1年で得難いものをさずけられました。卒園後、自然なかたちで小学校の6年間、日曜学校へと続きました。

「どうして神を認めるのか」と、よく聞かれることがありますが、神様を知るきっかけ、それは人それぞれ違うでしょう。
私の場合、うまく説明が出来ないのですが、「貴方は何時、両親を本当の親と認めたのですか?」と聞かれたのと同じです。両親の存在はあらためて「これが両親、貴方はこの人の子供ですよ。」と教えられなくても、幼子は自然に親を
覚え、家族となっていきます。私には、そんなかたちで神様が、私の心に種を蒔かれたようです。しかし、その種はすぐ発芽には至っていません。
 
私は中学・高校と6年間、キリスト教の女子校に通いました。毎日が礼拝で始まり、春・秋には伝道週間がありました。在校中に洗礼を受ける生徒もいましたが、ほとんどの人たちは雰囲気を味わうだけで、卒業とともにそれを学校においていきました。受洗した人の多くも、結局彼らと同じ道を歩むのをみて、私は、信仰がこんなに簡単に処理されることに反感を持ったものです。ムードや雰囲気で得たそれは、信仰とはかけ離れたアクセサリーのように思えました。私は
彼らのようにはならない、つっぱった、かたくなな思いで、“正式に洗礼を受けなくても、自分の心の中で神様を信じて
いれば、それは信仰として成り立つ”、と甘い考えを持ち続けました。

私の場合、神様はいろいろな困難を経験させることによって、試されたように感じます。言い換えれば、人生における様々な困難や経験が、私を神様の方へ向かせるのに必要なものであったと思います。多くの困難は、そのためにどうしても通らなければならない道でした。そして1987年に洗礼を受けましたが、信仰のうすい私は、その後もあがきの連続です。小さい事で悩み、苦しみ、喜び、迷い続ける毎日です。

私たちは、天文学的確率でこの世に生を受けます。それも、自分が選ぶことの出来ない両親や兄弟、家庭環境や生い立ちやハンディをもって・・・。これらについてどう理解すればよいのか、迷い続けました。

幼い時、祖母を訪ねて来てくださった方がありました。当時のままの住まいにおられたならば、ほぼ全員、戦災で生き残ることはなかったと思います。私たち一家は東京大空襲のほんの数ヵ月前に仙台に疎開したために助かった、つまり疎開したことは正解で、運がよかったと家族は言いました。幼い私は、それがなぜ運がよかったのか不思議でした。

その後、小学校で見せられた、戦争中の南方での記録映画。連合軍に攻められ、女・子供が断崖から追われるように飛び込み、命を絶つシーンがあり、私の心にその場面が染み入りました。どうして彼らは死ななければいけないのか、外地で苦労なさったであろう善良な方々、運が良い悪いで、簡単に済ませられない何かを感じました。

大人になってから、元軍の将校の話しを聞く機会がありました。「蛆と兵隊はどこからでもわく」という言葉、そして従軍慰安婦の実態についての話は、同じ女性として本当に心が痛みました。どうして私でなく、苦労なさった方々がそのような仕打ちを受けなければならなかったのか、と自分の中で問い続けました。そのような時、持ち続けていた身近な存在の聖書の御言葉の数々が、私を助けてくれました。

私は、他人(ひと)の犠牲の上に生かされ続けていること。心の中で自分の思いだけで勝手に神を信じることと、洗礼を受けて神を受け入れ、信じることとは、天地ほどの違いがあること。そしてそのことは、覚悟を伴うこと。これらのことを、私ははっきりと確信しました。

生きていく上で、どうしても私は罪を犯します。けれども、今はそれを神様に赦して頂き、感謝をする毎日です。これからもいろいろな困難な出来事がおとずれると思いますが、それらが私の信仰を磨きあげ、ますます神様を賛美する者とされるように願っています。

私達の国籍は天国ですが、現住所は日野原記念上尾栄光教会です。神様のお力が示される教会であり続けますように祈ります。 神様に感謝して。



   ウィンドウを閉じる